第1章 「整形」とは

(3)広告規制の網の目

病院の広告をどこで見たか、挙げてみたい。 電信柱や駅の看板が思い浮かぶが、「宣伝しています!」という印象があまり残っておらず、記憶がおぼろげだ。
というのも、病院の広告というのは医療法で規制されており、 普通の広告のように人目をひくようなものは作ることができないのだ。 医療法による広告規制は以下の通りである。

第五章 医業、歯科医業又は助産婦の業務等の広告
第六九条【医業等に関する広告の制限】
(1)医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関しては、 文書その他いかなる方法によるを問わず、何人も次に揚げる事項を除くほか、 これを広告してはならない。
一 医歯又は歯科医師である旨
二 次条第一項の規定による診療科名
三 次条第二項の規定による診療科名
四 病院又は診療所の名称、電話番号及び所在の場所を表示する事項
五 常時診療に従事する医師又は歯科医師の氏名
六 診療日又は診療時間
七 入院設備の有無
八 前各号に揚げる事項のほか、第十四条の二第一項第四号に揚げる事項
九 その他厚生大臣の定める事項

このような法律があるため、病院は「親切・丁寧な診察です!」や「お待たせしません!」 といったフレーズを加えた“広告らしい広告”を作ることができない。 病院は、スーパーのように安売りするものでもないし、 洋服ブランドのようにイメージで売っていくものでもない。 本来、宣伝などしなくても成立するものなのだ。
では、美容外科の広告に限定して、考えてみたいと思う。 テレビCM、電車内の広告、週刊誌や女性誌など、次々に浮かぶ。
特にテレビCMは印象深い。いかにも「宣伝しています!」という感じを受ける。 しかし、どの美容外科もメロディに乗せて院名を何度も繰り返しながら、 直接関係のない映像を流している、といった内容のものがほとんどだ。 手術にはどのような方法があるかとか、患者の感想とか、 宣伝効果につながりそうな情報は見当たらない。 このようなテレビCMしか作ることができないのは、先ほど述べた広告規制があるからだ。 しかし、テレビCMによって有名になることで大手というイメージとともに信用を得るのである。 うさんくさいイメージがなかなか払拭できない美容外科にとって、有効な手段といえる。
テレビCMとはうってかわって、雑誌や電車内の広告には実に充実した情報が掲載されている。 医師の顔写真、手術の方法、そして迷っている女性の背中を押すような言葉も見られる。 広告規制など、影も形も見当たらない。 しかし、じっくり見てみるとうまく法の網の目をかいくぐっていることがよくわかる。
美容外科の広告だと思って見ていたものは、実は出版物の広告なのである。 美容外科の中には出版社を持っているところも多く、手術法についてのビデオや本を作っている。 もちろん、美容整形の手術について、受ける前に詳しく知りたいという患者はたくさんいるはずだから、 これらの出版物は必要なものだろう。しかし、やはり広告規制を免れながら効果的な宣伝をするため、 という目的が大部分を占めるであろう。美容外科の広告の中にぎっしり詰め込まれている文章には <ビデオパッケージより>という言葉が一区切りごとにきっちりと書き示してある。 仕組みを知った今となっては、この言葉が<違法行為はしていません> といちいち言い訳しているようにも感じてしまう。
また、記事という形をとってはいるが広告の機能を果たしているものもある。いわゆるタイアップ記事である。 これは美容外科だけが特別に行っていることではない。 化粧品も飲料もアパレルも、そしてエステも、雑誌をめくると様々な商品やサービスが記事という枠の中で宣伝されている。 タイアップ記事は、あくまでも記事である。タイアップ記事か普通の記事かという線引きも難しい。 出版社などのメディアが自由に取材をし、自由に表現しているという記事に、医療法の広告規制は介入できないのだ。
このような形をとってまで宣伝をしているのには理由がある。美容外科はクチコミによる効果を期待できない。 多くの場合、「整形」をしたことは隠したいことである。また、「整形」した人と「整形」したい人が知り合いである可能性も低い。 しかし、どこの美容外科で手術するかを、自宅や職場から近いからという理由で簡単に決めてしまうこともできない。
しかし、明らかに違法行為ぎりぎりの広告を野放しにはできない。
誇大広告をはじめとする美容外科の様々な悪質行為に歯止めをかけ、質の良い美容外科医療を社会に供給しようと、 1991年に日本美容医療協会が設立された。この協会が定めた水準以上の美容外科医に「適マーク」を発行することとなった。 ところが、「適マーク」は肝心の水準があいまいだったため様々な改善がなされ、1996年に「認定医」という制度に生まれ変わった。 「認定医」の条件は、@日本美容外科学会専門医か日本形成外科学会認定医であること、 A協会の講習会、学会に出席していること、B広告の規制を守っていること、C日本医師会会員であること、 D臨床経験が9年以上あること、となっている。3について日本美容医療協会は詳しく 「美容医療に関わる広告、記事等における自主規制コード」を定めている。下記はその前文である。

「違法な美容医療広告、書籍広告等の名を借りた脱法的な美容医療広告および医療法の趣旨を逸脱するような記事広告を防止し、もって美容医療における社会的信用を高め、一般市民の利益を確保することを目的として、以下のとおりの自主規制コードを定める。」

協会が、誇大広告に手を焼いていることが感じ取れる。残念ながら今はまだ社会的信用が高くはないことも認める記述が見られる。そしてその大きな原因が広告なのだということも。このあとに続く本文には、紛らわしい広告、おおげさな広告、書籍を盾にした広告を自粛するよう記してある。「メーキャップ感覚」「痛くない」など、自粛すべき言葉を具体的に示している。
しかしこれはあくまで「自主規制」である。しかも、協会に関わっていない医師には関係のないことなのだ。医療の世界に協会はたくさん存在しているが、どこにも所属しなくとも免許さえあれば法律的に問題はない。いまだ氾濫する誇大広告をなくすためには法制度を整えるしかないが、どれだけ完璧な法律を目指してもわずかな隙間からまた誇大広告は生まれるだろう。
また、インターネットという新しいメディアの登場に、法律が追いついていないという現状がある。 インターネット上のホームページは情報を求める人だけが見るものなので、ビデオや書籍と同じ扱いになる。 つまり医療法にある広告規制にはとらわれずに済むのだ。しかし、美容外科のホームページは、広告としての機能を果たしている。 手術法はもちろん、その費用の見積もりや手術を受けた人の感想などが掲載されている。 そして、きれいになろうという類の言葉が多く見られる。ホームページは情報を求める人だけが見るのだが、 無料で気軽に利用することができるので少しだけ興味があるという程度でも見る可能性が高い。 インターネットという自由な空間で、美容外科のホームページが氾濫している。自由ゆえの便利さも危険もはらんでいるといえる。

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